神社のイメージ

神社の格式

中央に二十二社制とほぼ時を同じくして、各々の時代を治めてきた国の単位を元に、その国の神社の社格が一位を占めた神社を一宮と呼びました。現在でもその名残りは地名(愛知県一宮市など)に現れていますし、人名(一宮、二宮など)にも見られます。

ところで、神社の中に総社(奏社・惣社とも書いた)と呼ばれる名称もこの頃からはじまります。これはその国や村、郡などの単位にある主な祭神を一カ所に集めたという意味から、総社と呼ばれました。現在、岡山県にある総社市と呼ぶ市があるのはその点で興味深いですね。

以上が神社の体制的な説明でしたが、ここでは朝廷から格別の扱いを受けた具体の22社と各国にあった一宮を紹介をしておきます。

中央の22社

神社名所在地神社名所在地神社名所在地
伊勢神宮三重県伊勢市石清水八幡宮京都府八幡市賀茂神社 ※京都府京都市
松尾大社京都府京都市平野神社京都府京都市伏見稲荷大社京都府京都市
春日大社奈良県奈良市大原野神社京都府京都市大神神社奈良県桜井市
石上神社奈良県天理市大和神社奈良県天理市廣瀬神社奈良県北葛城郡
龍田大社奈良県生駒郡住吉大社大阪府大阪市日吉大社滋賀県大津市
梅宮大社京都府京都市吉田神社神京都府京都市廣田神社兵庫県西宮市
八坂神社京都府京都市北野天満宮京都府京都市丹生川上神社奈良県吉野郡
貴船神社京都府京都市

※ 賀茂神社は、下鴨神社と上賀茂神社と合わせて賀茂社と総称されていました。
豪族・賀茂氏の氏神社で、伊勢神宮に次ぐ神格が与えられていました。
下鴨神社】 京都府京都市左京区下鴨泉川町
上賀茂神社】 京都府京都市北区上賀茂本山

各国の一宮

神社名神社名神社名神社名
山城賀茂別雷神社山城賀茂御祖神社大和大神神社河内枚岡神社
和泉大鳥神社摂津住吉神社摂津住吉神社伊賀敢国神社
伊勢椿大神社伊勢都波岐神社志摩伊雑宮尾張真清田神社
三河砥鹿神社遠江小国神社駿河浅間神社相模寒川神社
武蔵氷川神社安房安房神社上総玉前神社下総香取神社
常陸鹿島神社近江建部神社美濃南宮神社飛騨水無神社
信濃諏訪神社上野貫前神社下野二荒山神社陸奥都都古別神社
陸奥鹽竈神社出羽大物忌神社若狭若狭彦神社
越前気比神社加賀白山比盗_社能登気多神社越中高瀬神社
越後弥彦神社越後居多神社佐渡度津神社丹波出雲大神宮
丹後籠神社但馬出石神社但馬粟鹿神社因幡宇倍神社
伯耆倭文神社出雲出雲大社石見物部神社隠岐水若酢神社
隠岐由良比女神社播磨伊和神社美作中山神社備前吉備津彦神社
備中吉備津神社備後吉備津神社安芸厳島神社周防玉祖神社
長門住吉神社紀伊日前・国懸神社阿波大麻比古神社讃岐田村神社
伊予大山祇神社土佐土佐神社筑前住吉神社筑前筥埼宮
筑後高良大社豊前西寒多神社豊後柞原八幡宮備前河上神社
備前千栗八幡宮肥後阿蘇神社日向都野神社大隅鹿児島神宮
薩摩枚聞神社壱岐天手長男神社対馬海神神社

明治以降の格式

江戸幕府が終焉し、新しく誕生した明治政府によって明治元年に神仏分離令が公布されました。これを契機に全国に廃仏毀釈の気運が高まり、神社の仏像・仏具が破壊されたといわれます。
また、明治政府は神社の社格を制度として確立するために全国の神社を調べ、明治4年5月14日に太政官布告によって、次のような社格が示されました。

明治以降の格式の基準

全国の神社を官社と諸社に分けました。官社は更に官幣社と国幣社に分けた上で、大社・中社・小社の三等に区分しました。

官幣大社賀茂別雷神社など29社
官幣中社梅宮神社など6社
官幣小社なし
国幣大社なし
国幣中社梅宮神社など6社
国幣小社敢国神社など45社
別格官幣社官弊小社に準じました

諸社の基準も以下に示され、これを一般的に近代社格制度と呼び、昭和21年2月2日に廃止されるまで続きました。現在も神社にお参りすると石碑にそれぞれの社格を刻んだものを見ることができます。中にはセメントなどで埋められたものを見かけたりするのも、こうした経緯があるためです。

府社明治4年7月の廃藩置県で事実上、存在しませんでした
藩社明治4年7月の廃藩置県で事実上、存在しませんでした
県社相当数
郷社相当数
村社多数
無格社多数

現在の格式の基準

明治以降続いた制度を「旧社格」といいます。その後、神社の等級制度を設けて現在は15等級に分類されています。事実上氏子の申請により等級をあげることができますが、毎年の神社本庁への上納金(金額は小額)が上がったり氏子の手間が増えたりするために申請することはあまり無いようです。

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